『ナルコン』 ― 2003-04-25
※お、一年半ぶりの更新だ。お笑い。滑稽話。一言で言うなれば劣化町田康。
我ながら、何よりまいった、人と会うのが面倒くさい。いや、違うな、別に友人に会う事それ自体は嫌いではないのだ。会ってしまえばそれはそれ、カフェに行くも酒を交わすもたまには踊りにいくもよし。待ち合わせの時間に間に合うように起きて、顔を洗い、着替え、歯を磨いて靴を履くのが億劫なんである。この「着替え」というのが一番のネックで、着替えるためにはまず服を選ばねばならぬわけであり、その日会う友人、行く場所などTPOSにあわせたコーディネートを考え、さらに極めてさりげなく流行を取り入れなくてはならないため、小一時間はクローゼットと鏡の前を往復するはめになるのである。そしてまた、馬鹿騒ぎののち遅くに家に戻り、風呂を沸かし風呂へ入ることがまた辛い、俺は毎日風呂へ入らないでは気持が悪い性分なので。こんな面倒なことはないので、結局、友人からの誘いの電話やメールが来る度に、そのもろもろの動作を思って陰鬱になり、ついには居留守を使ったり、問いつめられればシラッと「え、そんなメール届いてないよ」などと嘘をつき、次の約束をうやむやにするのが習慣になってしまった。
ああまずい、友人は大切にせにゃならんと思っていたのは最初のうちだけ、今では、これ幸いと自ら連絡を入れるようなことは皆無になりしたがって友人はめっきり減った。この事態にあまり困っていないことに俺は困った。俺は非情な人間なのかと疑った時期もあったが、それは違うように思う。すべては人恋しさと億劫さを天秤にかけた結果、億劫さが勝っただけのことであり、つまるところだらしないだけなのだ。人は他人なしに生きてはいけぬと言うが、それはもちろん俺も同意のところであるが、他人はすぐ傍にいなくともいいのだよ。
カーテンの隙間が赤く滲む頃、吉井から電話。まだベッドの中にいた俺がようようのことで電話口に出ると、これからそちらへ行くと言う。この、吉井というのは高校の同級生で、卒業後俺もそうだけど定職につかずにバイトを点々とし、俺が金には困らぬ生活なのにつけこんで、しょっちゅうただ飯を頂戴しにくる。かわりに、返答の面倒臭い好奇心、俺を知る人の決まり文句であるところの「今何してるの」「そろそろ働かないの」「優雅な生活ですこと」だのを言わないので、心安くつきあっていられる、何より、家まで来てくれるのだ。面倒がなくて良い。だらしない生活になってからも付き合いのある数少ない人間の一人である。
一時間後、綿シャツとジーンズ姿で玄関先に訪れた吉井を、起きたままのスウェットで出迎えた。
「よう」
「よう、何だまた金ないのか?」
「うん、先月パチンコ屋クビになった」
吉井はへらへらと笑いながら、部屋にあがってさっそく煙草をふかした。どうせまた遅刻常習かなにかだろうとクビの理由は深くは聞かずに、俺も差し向いに座って煙草に火をつける。とりあえず酒、男二人が一室にこもればとにかく酒、するめをつまみに焼酎をコップについで呑んだ。のむにつれ酔い、酔うにつれくだらぬ議論は盛り上がる。
「なあ、あんたんちっていつ来ても部屋が綺麗じゃん。来る前に片付けてんの?」
「いや、いつもこんな感じ」
「へえ、几帳面なんだな」
手狭なワンルームには、ベッド、テーブル、テレビ、机、ベッドと反対側の壁にクローゼットがあるのでタンスの類いは置いていない。物がないから綺麗に見えるだけで本質はだらしないというのが俺の意見で、吉井の唱える根が几帳面説とは真っ向から対立した。
「俺は几帳面じゃねえ、物があったら片付けにゃならねえだろ、それが面倒だから物を置かないのだ。片付けが嫌いなのはだらしないからだろう」
「だらしないってのはさあ、あんた俺んち来たことあったっけ?」
「ないけど」
「すごいよ。もうごちゃごちゃ。足の踏み場がないよ」
「ほう」
「枕元をゴキブリが走ってったこともある」
「うげ」
「その辺に落ちていて、今、口を拭いたちり紙が、一昨日鼻かんだちり紙なのか、一ヶ月前オナニー処理したちり紙なのかもわかんねえし」
「うぎゃ」
「な、だらしない奴は、片付けようって概念がないんだよ。面倒とすら思わないよ」
「いや、それはお前が汚物愛好者なのだ」
「なんだそれ」
「知らんわ」
俺のがだらしないいや俺だ、ってしばらく第一回真のだらしなさとは何か討論を繰り広げ不毛な戦いを交わした結果、いい加減腹が減ったなってんで、近所のファミリーレストラン『ギャスト』へ行くことにした。
「ちょっと待て、着替えるから」
よっこらしょと立ち上がってクローゼットを開けると、吉井は一緒に立ち上がり無地のシャツやらセーターやらズボンが並ぶクローゼットを覗き込んだ。
「そんなもの、そのまま出かけりゃいいじゃない」
「ばかっ、スウェット何かで外を歩けるか」
しかもお前が小綺麗な格好なのになおさらだ、と言いかけたのを吉井が遮って「前々から思っていたけど、あんた、ナルシストだな」などとほざいた。
「さっきは几帳面で、今度はナルシストか」
「ごめん、さっきのは訂正。ナルシストだよ」
「どこがだよ、まだ几帳面のがいいじゃねえか。ナルシストってのは、あれだろ」と言って俺が鏡の前で両頬に手の平を添えしなを作りうっとりとすると、吉井はげらげら笑った。
「ほれ、気色悪いじゃねえか。俺はこんなことしてねえぞ。それにだ、第一おめぇ、この面はナルシストって面じゃねえだろが」
「あ、その辺は自覚あるんだ」
確かに俺は一目見たら忘れぬような不細工ではないものの、女にもてるような顔でもない、ああ認めよう。二重の大きな目もマッチ棒が乗るような睫毛もすっと伸びた鼻梁も凛々しい頬もない。つやつやとした巻き毛もない。金と時間はあるというのに、この五年間まったく浮いた話の一つもないのが何よりの証拠だ。もっと簡単な方法もある。鏡を見ればいい。
「へっ、悪うございましたね。ナルシスト何かにするな、ボケ」
「だってさあ、あんた、お洒落な格好の自分じゃないと出歩けないんだろ?」
吉井が思いがけぬことを言うのと、気まぐれにハンガーをジャラジャラ鳴らすので、俺はいささかムッとした。
「お洒落にこだわってるわけじゃねえんだよ、流行だからってブランドもの悪趣味なデザイン、ありゃ駄目だ。阿呆らしい。俺のはだな、ええとつまり」自分に合った格好、と言いかけてハッとして、「変なカッコじゃなきゃいいんだよ」と付け足した。
「そこらへんがナル入ってるって言ってんの」
「どこらへんがナルシストだよ、反対にコンプレックスの塊ってんなら、まあ、俺もちょっとそうだなっと思うけど」
「じゃあ、コンプレックスの塊でもあり、ナルシストでもあるんだよ」
「なんだそりゃ、矛盾してるじゃねえか」
「しないよ、現にあんたがそうじゃん」って埒があかないので、辞書を引いた。ナルシスト、自己陶酔型の人、うぬぼれや。コンプレックス(或は劣等コンプレックス)、劣等感、心のしこり、観念複合体。「ふむ」吉井はわざとらしく鼻を鳴らした。
「で、結局俺はどっちなんだ」
「だから、どっちもじゃない?」
「己のコンプレックスにナルシシズムを感じるということか?」
「うーん難しいことはわかんねえや」
「じゃあ俺は、ナルシストでありコンプレックスの塊なのか」
「ナルコンだな」
「ナルコン?」
「ナルコン」
「ナルコン!」
ナルコンの響きが思いのほか良いので、二人でしばらくナルコンナルコン言い合いながら、国語辞典を放っては受け取り、受け取っては放るキャッチディクショナリーをして、阿呆のように笑いあった。実際、俺達二人はたった今、酔っぱらっていることを差し引いて充分阿呆なんだと思う。
「やい、ナルコン」
「うるせー、ナルコっ!」
「おナルコ」
「げらげらげら」
爆笑で顎を引きつらせたまま吉井は「ねえねえ、履歴書ないの」と言った。「ああ、あるよ」俺が机の奥からしなびた履歴書を取り出すと、吉井はボールペンで『自覚している性格』の欄に堂々たる字でナルコンと綴り、「なあ、あんたファミレスで働けよ」「お前も働けよ」「ああいいよ、でも俺、くくくく、ナルコンじゃねえぜ」「何言ってんだ、お前だってナルコンあははは、ナルコンくくっ、人類皆ナルコン」「我々人類はぁ、皆、ナルコンなのであります!」「くははははは」となおもしつこく笑いつつ、我々人類は履歴書を手に勢いにまかせギャストへ向かうのだった。ダークグレーのスーツを着込んで。
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